SEOが死ぬパターンを予測してみる | F・チリアーノ「私だけの十字架」
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SEO
SEOは死ぬ死ぬと言われ続けて、なかなか死なない。
「いいのか!死ぬぞ!」
まるで断崖絶壁に立って、自分を捨てようとする女に向かって叫ぶ女々しい男のようだ(意味不明)。
SEO id Deadという言葉が英語圏で言われるようになったのは2008年からのようだ。
かれこれもう5年も、
「死ぬぞーー死ぬぞーーー」
って言い続けられているのである。 もういい加減にしろって世界である。
なので、
「死ぬ死ぬって言う奴に限って死なないんだよ」
って言葉もあるぐらいで、SEOは死なないんじゃないか? ってみんな思い始めている。
でも私はSEOは死ぬと思っている。
その日も結構近い気がしている。
「なんじゃこりゃーー」 って松田優作ばりに死ぬわけではなくて、ひっそりと誰も顧みられなくなって死ぬ気がしている。
ではどんなふうに死ぬのか?
1.Googleの構文解析の性能が上がって、検索結果ではなくて答えを返すようになる
そうなると、検索結果からWebサイトに呼ぶことがそもそもできなくなる。 これは案外近い将来かも・・・
2.Facebookみたいなクローリングできないサイトに情報が集約されて、検索のもつ価値が小さくなる
このパターンはなさそう。
3.法的な問題がクローズアップされて検索エンジンが運営できなくなる
この可能性は小さいがまあゼロではないかな。 検索スニペットについては著作権は現在問題ないということになっているが、もし法律の解釈でそこが覆ってしまうとかなりヤバイことになるかもしれない。
4.情報化されていない情報も検索できるようになる
だいぶ先って気がするが、Google Glassみたいなソリューションの発達はこんな破壊力を秘めているだろう。
Google Glassを使っている最中に読書をする、テレビを見る、町を歩く、新聞を読む、人と会話する・・・ といったことを行うと、これらの情報がGoogleの巨大な記憶装置に自動的に格納されて、パーソナライズされて必要な時に取り出せるようになるのかもしれない。
まさしく、Googleが脳の補助記憶装置化してしまうということだ。
そうすると、Webサイトの情報なんてものは、記憶媒体のごく一部のデータに過ぎなくなってしまう。
こんなSFじみた未来はわりと近くまで来ている気もしていて、この時代になったらGoogleは死なないけど、ひっそりとSEOは死にそうである。
さて、今日の懐メロはF・チリアーノ「私だけの十字架」である。 特捜最前線のエンディングテーマで、愛する人を失った悲しみを叙情的なメロディに乗せて唄った名曲である。 死ぬ悲しみを唄った曲としては、これが一番かなって私的には思っているので紹介したくなったのだ。
まあ、SEOが死んだら自分は業者なので悲しいが、それは一般の人にとっては喜ばしいことだろう。 だから、私だけその時「私だけの十字架」を唄うつもりである
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